
当寺のいわれとなった霊石。ここには美しい塔が建てられ、その心礎として使用された。心礎には仏舎利が納められ、寺院の信仰の中心となる。「影向」とは神仏の憑りますところのことで、寺域は太古より神聖な霊地神仏のましますところとして、信仰されていたのだろう。幾星霜を経て、塔が失われた以降、この影向石のくぼみには常に霊水がたたえられて、近隣から眼病を患う人々が訪れて、その功験によっていやされた。
江戸のはじめ万治年間に薬師堂が火を蒙(こうむ)ると、本尊薬師如来は自ら堂を出でて、この石の上に難をのがれたといわれ、それ以来、栄興あるいは養光の寺名を影向とあらためたと伝えれらている。

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